こんばんは、村上碧です。
以前、ヒーラーをされている方から「自分の仕事について話すことが恥ずかしい」という悩みをお聞きしたことがあります。
話の流れで仕事について尋ねられると、「主婦です」とか、「カウンセリングのようなことをしている」と濁しているとのこと。
彼女からすれば、素晴らしい仕事をしているという自信はあるはずなのに、それを隠してしまう自分に罪悪感を感じるのだそうです。
あくまでわたしは、ですが…
この科学万能主義の現代なんだから、そういう気持ちを持つのはむしろ自然というか、真っ当なことなんじゃないかと思います。
たとえば、わたしは夫も子供もいる身ですが、
主人の上司や同僚に会う機会ができたとき、ママ友とおしゃべりをしているとき、子どもの担任と面談をすることになったときなど、
もしもあちらから「何かお仕事をされてるんですか?」と聞かれたら…。
「占星術師です!!」と堂々と答えられる自信は、ぶっちゃけまったくありません。
コイツの奥さん(この子のママ)って、何⁉って思われるの、フツーにわたしは怖いです笑
それに、もしわたしのせいで主人や娘が変な目で見られたら気の毒ですし^^;
みんなに知ってもらったうえで堂々と仕事できたら、という願望もわかるのですが…
誤解を招きやすい、理解を得られにくいという実感があるなら、別に必要以上に無理して言うことでもないと思います。
(最低限家族には理解してもらいたいところですけどもね)
とはいえ、わたしも彼女のように、仕事の内容や占い自体を恥じているわけではないのです。
占星術を純粋にシェアしたい!と願っていますし、人に仇をなすようなことはけしてしません。常識的に、誠実にやっているつもりではあります。
ですが、一般的なイメージとして、やっぱり「占い師(orスピリチュアル系業種)」は偏見を持たれがちなのが実情です。
「怪しいし、胡散臭いし、なんだか宗教っぽい」、「霊感商法だ」みたいな。
やたら怖い言葉で脅かしつけて依存させたり、高額なツボを売りつけたり、誰がどう見ても法外な金額を巻き上げたり…といった「悪徳占い師」は、ほんの一部ですが確かに存在します。
ですが、この手合いたちって、ある意味占いに対して「恥」の意識がないからこういうことができてしまうのではないかとも思うのですね。
変な話、占いって、占う側にとってはとても爽快なことでもあります。
占いはそれ自体にやたら神秘的なイメージがあるせいか、クライアントさんに言うことを聞かせるのが意外とカンタンだったりするからです。
(わたしはもちろん、そんなコントロール的なセッションはしませんが…)
そこで妙な全能感や万能感にからめとられ、あらぬ方向に暴走した結果、上記のような悪い人になってしまうパターンも実際多いんじゃないかな~と。
なので、占いやスピ系のお仕事に抱く「恥の意識」は、「謙虚さ」の裏返しであり、しっかりと地に足のついている証拠ではないかとも、わたしには思えるのです。
そう考えればわたしは、この「恥ずかしい」という気持ちにずいぶん支えられてきたとも言えます。
「あなたがわたしを救います!」とか、「導きます!」といったセリフを、恥ずかしげもなく言ったりせずにすんでいるのですから…。
わたし自身、それこそ子どもの頃から「占いは好きだけど、占いが好きと堂々と言えない」という自己矛盾と戦ってきました。
わたしは仕事や社会貢献の方向性を示すMC(メディウムコエリ)が魚座です。魚座は、目に見えないものごとやスピリチュアルに関することを示します。
ですがその一方で、わたしのホロスコープは物事の両極を客観的に見る力が強いと言われる、「シーソータイプ」。
天体は日常的なこと、現実的なことに目が向く第6ハウスに集中しています。
わたしがスピリチュアルな世界に隠された哲学は好きでも、現実をほっぽり出してまで没入しないのは、そういうところも関係しているかもしれません。
一時期は「わたしは占いを本気で愛していないんじゃないか?」と自分を責めたこともありましたが…
今は恥ずかしいと思うことを、特に恥じてはいません。
その感情がわたしの中で、スピリチュアルと現実をしっかりと結びつけている、と思うからです。